沖縄の八重山諸島にある鳩間島に初めて行ったのは2002年6月下旬、もう6年にもなります
ちょうど鳩間小中学校で運動会が行われていたときでした
(八重山では、台風を避けるために運動会は秋には行われません)
そのときに、宿で一緒だったKさん(男性)に久々にメールしてみました
すると、2,3日たってお返事をいただきました
前にも書きましたが、Kさんは全国各地を季節労働しながら渡り歩いているという、いわば「旅が仕事」の人です
ここ3年ほどは、沖縄の伊江島、北海道の礼文島、鹿児島の口永良部島を季節ごとに移動しており、今は礼文島にある宿で働いているんだそうです
礼文島の宿がシーズンになる前は、伊江島のたばこ農家に住み込んで葉タバコの収穫の仕事をしていたようです
そんなKさん、2002年に初めて会ったときは、30代くらいのスキンヘッドで一見怖そうに思ったのですが、話してみて全然そんなことないのがわかりました
その頃のKさんは、与那国島にある安い宿と同じ経営の食堂で働いていて、ちょっとお休みをもらって鳩間島に遊びに来ていたのでした
そのとき、同じ宿にはもう一人、東京から来ていた舞台美術の仕事をしているMさんという女性もいました
Mさんは鳩間島と竹富島が好きで、よく来られてるようです
泊まる宿もいつも決まってるようでした
Mさんの最近の消息はわかりませんが、お元気なのでしょうか
運動会では、KさんやMさんが、鳩間校の子供たち、島の人たちに混じって参加したりしてます
宿のオジイは縄ない競争(藁の束から縄をつくる早さを競う)に参加しています
それらを僕は望遠レンズで撮ったりしていました
総合で一位になった人には、生きたヤギ一頭が賞品としてもらえます
ほかには、グルクン(タカサゴ、魚の一種)なども賞品になってました
また、運動会の後では校庭で「ぶがりなおし」(慰労と反省を兼ねて、車座になって泡盛を飲んだりする)が行われ、それに参加させていただきました
そのときに、鳩間島出身で石垣島在住のTさんと沖縄本島出身で石垣島在住のマグロ漁船船長のHさんと初めてお会いしました
Hさんは漁船に積んだ多量の氷を提供してくれていました
今では、TさんもHさんももうこの世の人ではなくなりました